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更新記録と萌えと日常。
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嘘です。大したものは見てません。
去年書いた、人形シリーズ・バレンタインネタの有効利用というか使い回しです。
しかも短くてサイトに上げるのは気がひける……ということで、こちらに。
小咄ですが、↓からどうぞ~。

あ、サイトのトップ画像、今回は手作りしてみました。
テクスチャかけたり色々時間かけて何種類もパターン作って、
結局採用したのは一番簡単に作ったやつでした。。。
なんて時間の無駄遣いorz





 *****

「綴りが違う」
しんと静まった夜のお邸。
奥から微かに漏れるその声に、ドアをノックしかけた私はつい手を止めてしまいました。
幾何学模様の彫り込まれた深いマホガニーを鳴らすまで、ちょうど指一本分の距離。
そこで、ぴたりと。
ドアの向こう側ではやりとりが続いているようですが、今度はよく聞きとれません。
――いえ、決して聞きたいから立ち止まっているわけではないのです。
盗み聞きなんてとんでもない。
ただ一度止めてしまった手を、今度はいつ動かせばいいだろうと悩んでいるだけで。
何事にも、頃合いというものがあります。
間を量るというのは基本的かつとても重要なことです。

……どうやら、大丈夫なようです。
息を吸って吐き、改めてノックを二回。
ゆっくりノブを回して押し開いた寝室の、向かって左には立派な寝台が鎮座し、右には控えめな装飾が施された天鵞絨のソファとテーブルが展示される美術品の如く配置してあります。
が、最近その中にちょっと変わったものが仲間入りしました。
勉強机です。
もちろんご使用になるのは旦那様ではありません。
大きな窓が据えられた壁と寝台の間にちまりと置かれたその机でノートとにらめっこしているのは、黒い髪と黒い瞳を持つ異国の――まだ少女といっても差し支えないであろう私のお仕えしている方。
とても、可愛らしい方です。
特別に美しい容貌だとかではなく……なんと言いましょうか、もうすべてが可愛らしいのです。
素直で一生懸命で、くるくると表情が動いて、でもたまに思いもかけない行動に出たり、こうと決めたらなかなか意志を曲げなかったり。
少しつり目がちの大きな瞳でじっと見上げられたら、なんでもはいと答えてしまいそうになります。
そういう意味では、失礼な言い方ですが小動物に通じる部分があるかもしれません。
今も、椅子の上で振り向いて「お茶?」と小首を傾げられる仕草の可愛いことといったら。
頬が緩みすぎないように気をつけなくてはいけません。
「お待たせしました。ミルクは、どうなさいますか?」
「んー……今はいいかな。殺生丸さまは入れる?」
「いらん」
対して、愛敬や愛想といったものとはまったく縁ないのが旦那様。
机の傍に立ち、本を繰っていらっしゃるその姿は眼鏡の効果もあるのか、さながら鞭を執る厳しい厳しい教師のようです。

別段それらに不満があるはずもなく、むしろご身分からいえば当然であり、その必要もありません。
従って今まで想像したこともなかったのですが、食卓が和やかになり、用を成していなかった居間に笑い声が上がるようになり――そういう状景を見るにつけ、いいものだなと思うのです。
ご気性が急に変わったわけではないものの、周りを包む空気がほんの少しだけやわらかくなった気がします。
硬く凍りついた氷山の角が、陽に溶けてまるくなるように。
そんなことのできる光があったなんて、思いもよりませんでした。
邪見様は私以上に予想外だったようですが、小言を口にしながらもあれこれお世話を焼いています。
孫のような感覚なのでしょうか、微笑ましいかぎりです。

ここ半年近くを思い出しながら蒸らし終えたお茶をポットからカップに注ぐと、穏やかな香りがふわりと広がります。
澄んだ飴色の秋茶をふたり分、近くのサイドテーブルに置くと「何か嬉しいことがあったの?」と訊かれました。
注意していたつもりが笑みを漏らしてしまったようです。
やはり、気をつけなくては。
「いえ、なんでもありません。……調子はいかがです?」
「むずかしい……」
カップを両手に、まさに難しい面持ちで水面をにらむその様子もまた可愛いのです。
「やれと言った覚えはないが」
そこに旦那様はにべもない一言。
……でも、最近気づいたのです。
「わかってる。やりたいの」
すげない言葉の裏に、とても判りにくい慈しみが込められているのだと。
きっぱりと返された意志に軽く息をつかれましたが、それも呆れというよりはやれやれといった雰囲気です。
そんなお姿もこれまでは見たこともなく、誰かの意を尊重してご自分が折れるなど考えられないことでした。
まして人任せではなく、ご自身で。

――まあ、それについては勘繰ってしまう部分がなきにしもあらず、なのですが。
どうして机を置くのが書斎ではなく寝室なのか、やや疑問です。
邪見様も同じだったらしく、旦那様に尋ねたら「こちらの方が部屋から近い」と言われたそうです。
確かに書斎は使用人区画の近くにあるので、寝室の方が通う距離は短くすみます。
しかしそれは使われるご本人の部屋に置くか、余っている部屋を勉強室にすればいい話で……いえ、余計な詮索はやめましょう。

思考を切り替え、空になっていたカップを片づけます。
絵付けされた白磁の内側を染める色は深いセピア。ショコラの色。
なんとか無事にあの日を迎えられてから数日、まだ材料は残っています。
一時はどうなるかと不安でしたが、書斎から戻られたときの安堵と含羞の入り混じった表情にほっとしました。
それがまた、何度も繰り返しますが可愛くて目尻が下がったものです。
きっと旦那様も、絶対に顔に出したりなさいませんが同じ気持ちだったはずです。
なにせ、翌日には食器棚にチョコレートポットとカップが並んだほどですから。

……お茶のように透き通っていない、甘いだけではないほろ苦さ。
心配事はたくさんあります。
使用人の立場では大して役にも立ちませんし、こうしてあれこれ考えること自体、厚かましいことです。
ですが少なくとも、一番の憂慮事項については大丈夫だと確信を持てました。
湯気の立つお茶を手に交わされる、明らかに一方に偏りのある会話。
ランプで仄明るい窓辺に映る屈託のない笑顔と、そこに視線を傾ける金色の双眸。
この目の前に見える“今”を信じればよいのでしょう。

――では、お邪魔にならないようそろそろ下がります。
ドアを閉める直前、旦那様が普段耳にしたことのないような声音で「りん」と囁かれるのが聞こえました。


【終】

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